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デリダ論

Jデリダは一般に撒種、解釈の多義性などという意味の相対化を行う思想家、もしくは決断の不可能性といったように直感主義的による決断に道を開く思想家として読まれている。だが、私はこれらの視点と別なデリダ観、実存主義者の中で最もヘーゲル弁証法に近い視点を提起した思想家という説を提唱したい。

つまりどういうことか。ここにある構成素による自己言及システムがあるとする。ここでいう構成素とは自分がそのシステムに所属していると思っている人、自己言及システムとは構成素の発言によってある社会力学が改変されたり再生産されたりしている様を指すものとする。構成素の自己言及の内容に基づくと言及には外部がない、外部だと思っていうるものは内部の視点で尺度付けれた近傍、延長といった類のものということになる。

さて、このシステム、自己言及に視点では上記のようなものなのだが、物理的観点からみると(スピノザ的観点から見るとともいう)内部も外部も地続きで、言及が観測していない領域にまでその社会力学が、又発話行為が影響していることに気づく。これがシステムにとってリスクとなるものが立ち現れる場ー迷惑の場・嵩張りの場である。本来、この場に存在するものを構成素は気が付かない、だからある日突然、やってきたように見える。デリダの言う所の「言及不可能なもの」である。言及不可能なものに直面した時、我々はどういう対応を取るのか。当然これまでの対応を延長したところで判断しようとするだろう。だが、嵩張りの場から立ち現れたリスクはそのこれまでの判断に基づく予想される反応を裏切る行動ばかり取る。なにせ「言及不可能なもの」なのだから当然だ。そこでわれわれはパニックるわけだ。そういう時、どう対応すればよいか。ここで登場するのがご存知解釈の多義性(又の名を脱構築)というわけだ。これまでの解釈を変更することでこの新たな事態に対応できるように解釈替えを行うわけである。

さて、そこで重要になるのは決断ー不可能性の行為である。実際、多くの読み手にとってこれだけではデリダが何を言いたいのかわけがわからないだろう。そこで脱構築が行われる前と後で何が変わったか比較を行って見るといいだろう。脱構築以前はこの言葉の系譜と意味内容はこの形だけでありこれ以外にないように思われていた。所が脱構築を行うことでこういう場面ではこれと違った解釈や意味内容が生じえることに気が付いた。すなわち、脱構築をすることである理念はその適用できる範囲を広げたことになる。すなわち脱構築とは環境適応の理論というわけだ。この場合、新たな解釈と前の解釈の関係はどうなるのか、私は新しい解釈に内包されると見なしている。ちょうど万有引力の法則が一般相対理論の特殊解であるようにだ。例え内包するのでなくても、新しい解釈の適応後、古い解釈陣営との間で意思疎通が成り立つようになり社会的予想不可能性が減るなら同じことである。

勿論、脱構築はいつでも意味の多様性に開いているとは限らない。例えばナチズムに対する解など典型だ。デリダはハイデッカーの思想が存在者を規定する存在、唯一つの存在へと話が収斂してゆくのを批判し、多様性に向かって開く脱構築を提唱した。その時、脱構築の中には多様性を否定し一者に向かう解釈も内包しているのかどうかが問題となる。私はデリダ論者高橋哲哉氏のテクストなどを読むにつけて、これはありえないと思うようになった。とするなら、デリダの脱構築とは「○○からの自由へ」という自由主義のよくあるパターンの思想に還元可能であると思う。

で、次に観たいのは判断の根拠である。結局の所ある特定の思想が倫理の基準として受け入れ可能かどうかは、その思想がどれだけ沙汰な環境下で適応可能であるか、どれだけ多くの人がその思想で自己の権利を語れるのかに依拠すると思う。こう考えると当然ローカルな思想より、より多様な地域で適応できた思想の方がより普遍的であると名乗れる資格を有することになる。脱構築が正義であるとは結局そういう意味である。
(つまりポッパーの言った唯一つの例外事例が現れた時にはそれに対する説明原理を再帰的に考える余裕がありますよ、という約束の上に現在の説明原理はデファクトスタンダードとしての地位を手に入れているというわけだ。)
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プロフィール

とくもと(本名徳永基二)

Author:とくもと(本名徳永基二)
35歳、非マルクス系社会主義者兼、おたく評論家
を自称する禿のフリーターのおっさん。

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