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ダカーポ「二人の魔法使い」

俄然面白くなってきたダカーポ。魔法使いの存在意義は?何故、魔法使いは魔法を使えることを他の人に隠さなければいけないのか?に新たな新解釈が。確かに魔法が使えるとなれば人は魔法に頼り切ってしまう。魔法でなく自分の力でやらなきゃ意味のないこともある。魔法は万能薬でなく、ただ、個々人の努力にちょっとの勇気を与えてくれるだけ。

だけど、アイシアはそのことに我慢がならない。じゃあ、おばあちゃんと旅して廻ったあの生活はなんなのか。魔法がやがて御伽噺として忘れ去られるだけなら魔法使いであることに何の存在意義があるのか。「さくら、さくらは嘘を付いている。本当の自分の気持ちをごまかしている。だからその姿でいつまでもいるんだ。」アイシアは強情に言い張る。

全ての願いが適うことはありえない。願い同士は互いに衝突しあい、多くの争いと妬みと憎しみを生む。じゃあ、どうせ適わない願いなら願わないほうがいいのか。それも違うだろう。人は何故願うのだろうか。適わなかった願いには何の意味があるんだろう。この作品はギャルゲーのアニメ化なのでたまたま、ギャルゲーにとっての本質的な問い。主人公に恋する全ての女の子をどうやって幸せに出来るのか。という問いに置き換わっているけど、”適わなかった多くの想い”に関する問いは人間にとって本質的なものだ。

さて、この話どこに向かって話がまとまってゆくのか。初めてわからないなぁ(面白いなぁ)と思った回でした。

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プロフィール

とくもと(本名徳永基二)

Author:とくもと(本名徳永基二)
35歳、非マルクス系社会主義者兼、おたく評論家
を自称する禿のフリーターのおっさん。

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