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魔法少女というジャンル

私が魔法少女に関して人より詳しく知っているとか、語るだけの資格があるとかいうつもりは全くない。ここで述べようと思ったきっかけは
Ask John(http://www4.ocn.ne.jp/~tmf00a/ASKJOHN.htm)なのである。勿論、ここは外国のアニメファンのサイトである。質問がトンチンカンなのも答えがトンチンカンに聞こえるのもある程度やむ得ない。また、私がここで魔法少女とは何かと書いても向うまでは伝わらないだろう。では何故書くのか?現時点で当たり前の知識であってもそれは伝達され語り告がなければやがて誰もがわからなくなる。John氏とその質問者が魔法少女が何かを知らないのと同様のことはこの国の次の世代の間でも起こりえる、だから自分の知る限りの魔法少女の話をしようというのである。

日本の魔法少女は1966年12月に放映された「魔法少女サリー」というアニメに始まる。原作は横山輝光の「魔法使いサニー」(66年7月号から「りぼん」に掲載)サニーという名は家電のソニーが商標を押さえていたのでサリーと改められて放映されることになった。(因みに同じ頃販売された日産サニーの場合、ソニーに商標使用許可を貰っていたらしい。)漫画の内容は魔界のお姫様サニーが退屈な日常に飽きてこっそり禁忌の人間界にやってくるが人間嫌いの魔王が連れ戻そうとあれこれ画策するという話で、西洋の魔女のイメージを色濃く反映していた。TV放映に際してアメリカのホームドラマ「奥様は魔女」を手本に女の子向けの話にアレンジされて放映された。

サリーが生まれながらの魔法使いであるのに対して普通の女の子がある日妖精により魔法の力を持ったアイテムをプレゼントされるというタイプのものは70年1月に放映された赤塚不二夫原作の「ひみつのアッコちゃん」に始まる。どちらの作品も当時の日本の経済状況、未だ貧しい日本の女の子が西洋風の生活にあこがれるというのを強く反映した作風になっている。

魔法少女ものというジャンルの辿った歴史は日本のアイドルの辿った過程を忠実にしかもファンダムの薄さのせいで幾分早いスピードでなぞることになる。例えば、大人顔負けの歌唱力で洋楽を歌う美空ひばりがサリー、ご近所のお姉さんがあれよという間にアイドルになる天地真理がアッコに例えることができる。

初期の頃の魔法少女は自分の必要性、もしくは欲求に基づいて魔法を使っていた。目的性が持ち込まれた最初は「魔女っ娘メグ」(1974年4月放映)だろう。女王候補である二人の魔女が人間界で修行するという話である。この作品は前年度に放送されていた「キューティハニー」の影響を受けてか魔法少女の年齢がアップして高校生ぐらいになり、Sexアピールが盛んに番組内でなされた。だが、この大人の女性の魅力=萌えでないことにも注意を払おう。

さて、ここまでは全て東映の作品なのであるが、この後、魔法少女といえばスタジオぴえろという80年代のバブル期がやってくる。しかしその前に露払い的な役割を果たしたのが伝説の魔法少女ものである葦プロの「魔法のプリンセスミンキーモモ」(11982年3月放映)である。

「人々から夢と希望が失われていくとともに、夢の国フェナリナーサは地球離れていってしまう。それを悲しんだ王様は、娘のミンキーモモを人間界に派遣し、「よいこと」をするようにと命じる。シンドブック、ピピル、モチャーという三匹のおともをつれて人間界にやってきたモモは、魔法を使ってとあるペットショップの夫婦の子供となり、そこで生活を始める。モモは魔法の力で18歳のプロフェッショナルレディーに変身することが可能で、その力を使って事件を解決するのである。」
(http://park2.wakwak.com/~porco/ma1.htmから引用)
なのだが、この作品を境にして1、魔法少女は変身する。2、魔法少女は変身することでプロフェッショナルな力を得る。3、魔法少女は杖をもつ。4、魔法少女はマスコットキャラを連れている。等など、現在では当たり前となった様々な規定路線が引かれることになる。

この作品では時にシリアスで、時にコミカルと両路線をゆれながら、少女の等身大の想いだけでない社会的な問題まで追いかけており更に、空モモが最後に交通事故で死んでしまうなど物議をかもしたストーリーで話題を掻っ攫った。それに今で言う”萌え”を意識したキャラデザが導入された最初の事例となった。

そしてこの後、「クリィーミーマミ」(1983年7月 放映)いわゆるスタジオぴえろの全盛期がくる。この80年代という時代は女性の社会的自立にとって非常に良い時代であり、夢は遠くに存在するものではなく近くにあるもの、ちょっと背を伸ばせば届くものと思われてた。魔法少女も魔法の力で背伸びして女の子があこがれる、かつ男の子が女の子のことを眩しく思うような職業(アイドル、マジシャンなど)に変身していった。しかも、このシリーズが続くに従い奇妙な現象が生じることになる。クリーミーマミまではヒロインの女の子があこがれる変身後の姿クリーミーマミこそが作品を動かす要となっている。だが、この時代の最後を飾った「マジカルエミ」(1985年6月放映)になるとマジシャンエミは申し訳程度でしか活躍せずしかも番組ラストではなんとヒロインは自分から進んで魔法少女であることを止めてしまう。結局、等身大の”少女”こそもっとも価値がある(かつ男の子の萌えの対象である)という結論に至っているのだ。この時代の魔法少女をアイドルに例えるとおニャン娘だろう。おニヤン娘が恰も放課後のバイトの延長線でアイドルをやってみせたようにスタジオぴえろの魔法少女も小学生としての生活の合間に憧れの職業婦人になるのである。

時代が変わって90年代、代表作といえば「美少女戦士セイラームーン」
(1991年12月竹内直子原作で「なかよし」に掲載。92年3月よりアニメ化)だろう。バブルは崩壊。女の子は現実に希望を持てなくなり生まれ変わりだとかというカルトに自我の超越の根拠を見るようになる。「月刊ムー」などが好んで読まれた時代である。月のうさぎも前生はムーンセレニィとやらの生まれ変わりで変身してなるものは戦隊ヒーロー、猫から教えを請うという頭のイカレタキャラなのだが、類は類を呼ぶというわけでそういうイカレタ娘5人と徒党を組み、同じく頭のイカレタダークキングダムなるヘンタイ男らと夜な夜な闘うというストーリーである。アイドルに例えるならバーチャルアイドル、ネットアイドルというところだろうか。ヘンな、海兵隊の服(日本では女子高生が着ている)をアレンジしたミニスカコスプレでイカレタ決め言葉とイカレタ毎回同じパターンの必殺技を繰り出すこのバーチャル戦士はマニアの萌え心を痛く刺激しTVシリーズも5年にも及ぶロングランヒットを飛ばした。

ここから魔法少女から派生した魔法戦隊ものなるジャンルが生まれ、「ウェディングピーチ」「ナースエンジェルりりか」などの対抗番組や「セイラームーン」終了後その路線を受け継いだ「東京ミュウミュウ」
「プリキュア」などの作品が生まれるに至っている。「セイラームーン」はこのように非常に成功した路線だったのだが最大の欠点は戦隊ものなのでより強い敵を作らなければ番組を存続できない点にあり、続編になればなるほど美少女戦士の数が増え、敵はドラゴンボールのようにどんどん強くなり、戦闘は悲惨化すると魔法少女っぽさがなくなっていった。

この作品が終了後、一時期魔法少女ものはどこに向かうべきか方向性に迷いが生じた空白期間がある。その時、ヒントを与えたのは女怪盗を主人公にした「キャッツアイ」である。この作品に触発されて「怪盗セイントテール」(95年10月放映)なる作品が生まれる。主人公は羽丘芽美という怪盗とマジシャンの間に生まれた子でシスター深森聖良が持ってくる困った人の悩みのために毎回盗みに入る、追いかけるのは彼氏未満のアスカJrというストーリー、この作品の後、もう少しこの路線をアレンジしなおした「怪盗ジャンヌ」(99年2月放映)が出てくる。ジャンヌダルクの生まれ代わりで美しいものに宿る悪魔を封印して廻る能力を持った怪盗。悪魔を封印するとアイテムも消えるので怪盗と呼ばれる。毎回、刑事の娘、都が仕掛ける罠を掻い潜りアイテムを封印して廻っていたが、そこに悪魔の力を宿した怪盗シンドバットなるライバルが現れどちらが先に封印するか勝負を挑んでくるという内容。

魔の封印というアイデアは後に「Dr.リンにきいてみて!」(2001年3月放映)にも生かされ、その後の魔法少女の定石と化す。
一方、セイントテールの人物関係を新たな土台の元アレンジしなおしたのがCLAMPの「カードキャプターさくら」(1998年BS2放映、99年4月からは地上波でも放映)である。この作品はこれまでの魔法少女で作られた固定観念を崩壊させ、萌えアニメをアニメ界へ氾濫させた(それまで萌えは辛うじて魔法少女ものという枠内に固定され、18禁ものと別個のTVクオリティなるものを保っていたがこの作品以後、名実ともにそれが崩壊、魔法少女は萌えキャラ属性の一つに落ちる)兆本であると供に魔法少女ものというジャンルがどちらにせよいずれ辿らなければならなかった道を切り開いた蛮勇ともいえる存在だ。

どこがそんなに革新的だったか、1、魔法キャラの衣装は変身でなくコスプレです。2、魔法少女にはその存在に萌える追っかけがいて当然です。3、兄が妹を溺愛したり、男の子が男の子を愛したり、女の子が女の子を溺愛したり、教師が女子小学生を溺愛してもそこに真実の愛があればいいんです。4、魔法少女の魔法が東洋呪術と西洋魔法のチャンポンだったり、神社仏閣が出てきても良いんです。5、架空の魔法世界なんて必要ありません。魔法少女が実在したタロットカードの生みの親アレイスタ・クロウリーを捩ったクロウリードの血筋のものでもいいんです。5、魔法少女が羽を生やして飛んでもよいのです。

などなど掟破りが次々出てくるのである。しかも魔法設定も斬新、これまでと違ってカード魔法。カードを封因するたびに魔法が増えるという仕掛け。さらにはアッコちゃんに見られる普通の少女が魔法アイテムで魔法使いにという要素と生まれながらの魔法使いという要素の融合。物語の後半はさくらの恋愛の成就を中心に物語が進み、しかも魔力を最後に失わないどころか最強の魔法使いになる(魔力も彼氏も手に入れる)という展開などこれまでの魔法使いものの枠を完全に打ち破ったのである。(アイドルに例えるならマニアック)

「カードキャプターさくら」のおかげで萌えという感情を開放的に表現可能になりその後のアニメ界は萌え作品が氾濫する。ただ、それで魔法少女ものというジャンルが完全になくなったわけではない。いくつか注目すべき作品はある。

「おじゃ魔女ドレミ」(99年2月放映)ある魔女が本物であることを見破ってしまったドレミたちが魔女見習いとして先代魔女からいろいろ教わってゆく物語。手垢に付いた魔法少女という言葉をおじゃ魔女と言い換えて、魔法少女ものは女子児童のものという原点に返った作品。初期シリーズではあまり見栄えの良い魔法シーンはなく、後期シリーズでも物語を閉めるために、若しくは展開するために申し訳程度に描いている程度で女の子たちの身近な身辺描写に特化、女子児童の等身大の魔法少女を描く。欠点はあまりに魔法少女という要素を薄めすぎたためもう少しで単なる児童アニメの域達していることか。

「魔法使い隊」(1996年5月OVA全6巻が、1999年7月からはTVシリーズ全13話が放映)魔法を放課後のクラブ活動にしてしまったアニメ、初期シリーズではなにやら釣鐘とかという宇宙生物との戦いがメインだがTVシリーズでは単なるお色気萌えアニメ化。

「ネギま」(2005年 1月 放映)魔法少女だらけの学校に赴任してきた背が小さくてみんなにかわいがられる新米魔法教師のアニメ。魔法学校ものとしてはあまり成功していず、単なるハーレムアニメとなっている。

「魔法遊戯」(2001年12月OVA)スタジオAIC制作アニメ。この宇宙のどこかに存在するかも知れない謎の空間「魔女っ娘ランド」で、選ばれた少女のみが行ける憧れの地「地球」に行く資格を得る為にハナマル争奪を繰り広げているパドドウという少女のギャグアニメ

「魔法遣いに大切なこと」(2003年1月、放映)魔法がもし現実の世界に存在したらというリアルな設定で、魔法犯罪を取り締まる数々の法律、魔法を使った仕事を行うための検定試験、魔法労務を監督する魔法局という地方自治体の窓口、そういった設定の世界で将来の魔法士を目指して魔法事務所に見習いとして住み込む田舎から出てきた女の子の物語

「奥様は魔法少女」(2005年7月放映)本来、「奥様は魔女」から始まったはずの魔法少女ものが来るべきところまで来たという作品。果たして何歳までなら魔法少女と呼んでよいのかその限界に挑むアニメ

このように魔法少女のイメージはどんどん拡散していったのだが、皮肉なことにパロディ作品やスピンアウト作品の方が最も魔法少女の原型を留めているのが現状である。「天地無用!魎皇鬼」のスピンアウト「プリティサミー」(1996年10月放映)、「ソウルテッカー」のスピンアウト「ナースウィッチ小麦ちゃん」(2002年8月放映)18禁もののTVバージョン「まじかるカナン」(2005年1月放映)などである。取り分け注目株は今期10月から第二部が放映中の「リリカルなのは」(一期は2004年10月放映)だろう。何故注目株か。
1、これまで魔法少女ものを規定してきた設定を強化するために大胆にSF設定を導入。杖ーインテリジェントデバイス、衣服ーバリアジェケット、魔法世界ー時間管理局、魔法設定ーミッドチルダ式、ベルカ式などプログラミングやOSのような言い回し 
2、ロボットアニメを思わすような杖、おまけに英語ドイツ語などで喋る
3「Fate/stay night」や「舞Hime」を意識したようなガッチンコバトル
4、百合展開、萌えキャラの惜しげのない導入。なのはやフェイトなどのヌード、パンチラの多用。
5、剣戟と砲撃の合わさった独特の戦闘場面。

など要するに萌えも燃えも味わえるように用意周到に出来ているのである。(これまたアイドルに例えるならマイナー系、誰も知らないような「トライアングルハート3」なるエロゲーの攻略不可能なサブキャラのスピンアウトでありながら一番王道を極めている所など取り分けそう。)
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プロフィール

とくもと(本名徳永基二)

Author:とくもと(本名徳永基二)
35歳、非マルクス系社会主義者兼、おたく評論家
を自称する禿のフリーターのおっさん。

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