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地球連邦政府擁護論

私は昔から富野イズムが嫌いだった。ブレンパワード以後、富野監督は自分の仕事に満足を覚え、精神的ゆとりを取り戻したせいか、昔のように気炎怪炎を揚げているわけではない。(富野監督はよほどガンダムの続作を作ることに不満があり、その仕事と役割に満足していなかったらしい。)だが、ガンダムはバンダイの性で延命措置が取られており、その宇宙世紀という設定が富野イズムと切っても切れない関係にあるためいまなお、富野イズムはいろんな意味で各方面に影響を与えている。ならば、Ⅴガンダムが放映されていた94年頃にアンチ富野イズムの基本精神の下で構想された連邦擁護論をここに書き記しておくことも全く無駄というわけでもなかろう。

富野イズムの基本的問題点は次の如くである。

1、ガンダムシリーズは個人の能力や特性によって歴史が動いてゆくいたって強い個人の話なのに、その世界の表面的な倫理規定は集団主義。

2、だが、その集団主義は法に基づく統治によって合理化されておらず
鉄建制裁が現場の機能主義で幅を利かせている

3、いわゆるナウシカの論理(人類も地球の他の種と同じ生態系の法則に従う存在である)が通じず、地球からの離脱を説く人間史上主義

4、それなのに他者の多様な動きによって個人の視点では計れない客観的社会が存在するとは考えず極端な設計主義(いうことを聞かない民衆は全て粛清するといったような)

5、いわく個人の視点(パイロット特性)を全体理念(人類の革新)と直接的に結びつける世界系

6、コミュニケーションの試行錯誤過程を尊ばず、ダイレクトな理解を捏造する急進主義。

勿論、これらをたかがアニメの中だけで説いているならそれもありかと流せるのだが、プロ教師の会との対談に代表されるように現実世界にまで影響力を行使してくるとなれば到底見過ごせないわけである。取り分け近代を未完のプロジェクトとみなし、近代啓蒙主義を復権することこそ社会主義を刷新するために避けて通れない道だと考えている私みたいな論者にとっては。

だが、アニメ監督に対してその主戦場と別個のところで批判するだけでは犬の遠吠えのように全く効かないだろう。そこで同じ土俵で闘おうとしたのがここで述べている地球連邦擁護論というわけだ。

この論を進めるためにはある種の操作を必要とする。それはガンダムにおける敵側のイデオロギー、所謂、コスモコントリオズムを連邦側の理念からきれいに払拭することだ。(敵と味方が同じ理念を持ち、急進派か穏健派かの差だけだと連邦擁護ができない。)

そこで私はガンダムの基本的前提に疑いを向けることにした。すなわち、本当に宇宙移民は強制されたものであったのか。これが疑わしい理由として1、宇宙世紀の科学技術をもってしては地球人口全体を宇宙に打ち上げるには非常に長期の期間が掛かる上に、コスト的にも折り合わない。2、0079年~0089年間、地球移民は比較的容易であった。移民規制はエウーゴの勝利以後の方が強固だ。3、そもそも現在の国連の延長線上に考えられている連邦政府には宇宙移民を強制するだけの巨大な権力がない(とりわけ絶対民主主義なる体制なら)

これに比べてより現実にありそうな宇宙移民史としては、1、エネルギー資源の枯渇と宇宙打ち上げ技術の発達で資源を宇宙に求めるようになる。2、微小重力下の方が資源の加工が容易であることに気づき、宇宙に工業施設が出来始める。3、新たな産業プラント建設のために多くの人手が必要となり、求人が本格化する。4、各国は貧民を盛んに宇宙に送り出すようになり、宇宙が新たなフロンティアと言われるようになる。5、だが、実際の労働環境は劣悪で宇宙移民者は送り出した地球の国々を憎むようになる。といった具合だろう。

一方、これに対抗する地球連邦側の論理は至って簡単だ。

宇宙移民たちが宇宙にフロンティアを求め始めた頃、地球人はミクロな自然と共存してゆくことこそ人間の自然な生き方であると考え地球での残存を望んだ。一方、宇宙は壁一枚を挟んで真空が広がっている虚空間であるため宇宙移民たちは自己の存在の不確かさに悩んだ。それがコスモコントリオイズムの如き極端な思想に走ったいわれである。宇宙移民は、さも神になった如く地球にコロニーを落とすが、地球である日コロニーが落ちてきて下敷きになって死んだ人々になんの罪があろうか?我々地球人が長い月日を掛けてやっと回復させつつ豊かな自然を汚染しているのはむしろスペースノイドの方である。我々地球人は確かに昔はおろかでお互い同士争いをが絶えなかった、だが我々は今、地球全体を外部から見る目とすぐ隣にあるミクロな自然とを立体化してみる視点を手に入れ、環境との共存を図れるようになった。また、宇宙移民はよく我々の個人主義の伝統を悪し様に言うが、自由には責任が伴うのであり、我々は地域や社会の様々な場所での自己選択を迫られることによって己が果たす役割を主体的に理解できるようになっている。社会のメカニズムをディスカッションという形で合意形成を図ることで指導者は説明責任が生じ、有権者は選択責任が生ずるという形で一本筋の通った倫理規範が出来てゆくのである。翻ってジオン公国に代表される寡頭体制は組織内で自浄作用が働かないから過激な対外政策ばかりを立て挙句の果てに自壊してゆくことは当に証明済みである。それでも我々を攻めてくるなら我々はどんなに困難であろうとも我々の生命と自由を守るため最後の一人になっても決して諦めることなく闘うだろう。





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とくもと(本名徳永基二)

Author:とくもと(本名徳永基二)
35歳、非マルクス系社会主義者兼、おたく評論家
を自称する禿のフリーターのおっさん。

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